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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)494号 判決

埼玉県羽生市大字上新郷五五五五番二

原告

鎗田靖

右訴訟代理人弁護士

森尻光昭

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

東京法務局訟務部付検事

田中澄夫

訟務専門官 星川照

関東信越国税局大蔵事務官

高野郁夫

村岡篤史

浦和地方法務局訟務課長

南昇

訟務専門官 代島友一郎

熊谷岩人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「1 原告の被告に対する昭和五六年度国税債務のうち、分離長期譲渡所得にかかる金二〇二万三、六〇〇円の債務のないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告・請求原因

1  原告は、歯科医師で、また農業を営むものである。

2  原告は、昭和五六年分所得税について、昭和五七年三月別表一、二のとおり行田税務署長に対し、総所得金額を一、六八〇万二、〇二四円、所得税額を四一九万二、九〇〇円とする確定申告をしたが、同年一〇月頃同税務署担当官から修正申告を強くしょうようされたため、改めて別表一、二のとおり、事業所得を二三万八、〇一〇円増加したほか、分離最期譲渡所得一、〇一一万八、〇〇〇円を新たに加え、総所得金額を二、七一五万八、〇三四円、所得税額を六三三万五、五〇〇円とする修正申告(以下「本体修正申告」という)をした。なお右の分離長期譲渡所得に対応する税額は二〇二万三、六〇〇円である。

3  原告は、その後本件修正申告は後記4のとおり誤りであったことに気付き、別表一のとおり異議申立書と題する書面により更正請求をし、さらにその決定に対し審査請求をしたが、いずれも却下された。

4  修正申告が誤りであること等について

(一) 原告は、昭和五六年四月二四日その所有にかかる埼玉県羽生市大字上新郷上宿五五五五番一五の土地七六〇平方メートル登記簿上畑(以下「本件譲り渡し土地」という)と岩崎春の助所有の同所同番三の土地七六〇平方メートル登記簿上畑(以下「本件譲り受け土地」という)とを交換(以下「本件交換」という)したが、所得税法(以下単に「法」という)五八条一項の適用によりこれによる譲渡所得はないとして確定申告した。

(二) 原告は、本件交換以前、本件譲り渡し土地を畑として貸していたものであるところ(本件交換の年、貸借関係終了)、本件交換時、本件譲り受け土地には岩崎美登(岩崎春之助の子、以下単に「岩崎」という)により野菜が栽培されていたため、原告は、岩崎に対し、昭和五六年六月一日、本件譲り受け土地を昭和五七年七月三一日まで貸し、同土地は、右貸借期間中岩崎が野菜を栽培し、同年一〇月末頃から、原告が麦畑として耕作したものである。

したがって、原告は、本件譲り受け土地を本件譲り渡し土地の交換直前の用途と同一の用途に供したものであるから、本件交換は、法五八条一項の適用を受ける。

(三) ところが、原告は、行田税務署担当官による前記しょうようを受け、修正申告の算出過程などを仔細に検討することもななく、修正申告の内容が本件交換につき法五八条一項不適用を前提とするものであることを知らずに、右担当官がその内容を記載した修正申告書に捺印し、本件修正申告をしたものである。

5  よって、原告の本件修正申告には重大な錯誤があり無効で、原告は本件修正申告のうち、分離長期譲渡所得に対応する納税義務を負担していないから、これを争う被告との間でその旨の確認を求める。

二  被告・請求原因に対する認否

1の事実中原告が農業を営むことは不知、その余は認める。2の事実中強くしょうようした点は不知、その余は認める。3の事実中原告が異議申立書と題する書面を提出したことは認めるが、これは更正請求ではなく異議申立であり、不適法のため却下された。その余は不知ないし否認。

4の事実中(一)の事実は認める。同(二)の事実中、原告が本件交換以前本件譲り渡し土地を畑として貸していたこと、本件交換時本件譲り受け土地の一部に岩崎が野菜を栽培していたこと、原告が同土地を麦畑として耕作したことは認め、その余は否認し、その主張は争う(被告の主張は後述する。)。同(三)の事実のうち本件修正申告の内容が本件交換につき法五八条一項不適用を前提とするものであることは認め、その余は否認する。

三  被告・主張

(本件譲り受け土地の用途について)

1 本件譲り受け土地は、かって陸田であったが、国の水田利用再編対策(所謂減反政策)が実施されて以来、南西部分の道路沿いの一部(約四分の一)で岩崎が自家用野菜を栽培していたのみでその余の部分は休耕状態となっていたものであるが、岩崎はその後ここに居宅を建てることを計画し、周辺の土地(五五五五番一四)より幾分低くなっていた本件譲り受け土地に昭和五五年暮ころから同人所有の他の土地の表土(田土)を堀りとって搬入し、野菜を栽培している前記部分を除く東側部分一帯に、高さ約一メートルの小山状に幾山も積み上げていた。そのためオートバイの愛好者がここでモトクロスの練習をしていたこともあった。従って本件譲り受け土地は本件交換前から一部を除いて農地として肥培管理がなされていなかったものということができる。

2 原告は、岩崎が本件譲り受け土地に居宅を建てる予定があることを聞知するや、その北側に存する原告宅への日照に対する影響を懸念し、また交換により双方の土地を整形することを考え岩崎に本件交換を申し出、その結果岩崎との間で本件交換の合意が成立し、昭和五五年一〇月には岩崎が五五五五番三の土地から本件譲り受け土地部分を残して他を同番一四として分離し、また原告が同番六の土地から本件譲り渡し土地を分筆した。

3 なお本件譲り受け土地を含む分筆前の五五五五番三の土地について昭和五五年一〇月一七日農地法四条の宅地転用の許可申請がなされ、同年一一月二二日一旦受理されたが、昭和五六年三月一三日に取消申請がなされ、受理されている。

4 また固定資産課税台帳の昭和五六年一月一日現在の課税地目欄には、本件譲り渡し土地については「畑」、本件譲り受け土地については「宅地」と記載されている。

5 岩崎は本件譲り受け土地に隣接する五五五五番一四の土地に居宅を建築するため工事を昭和五五年一二月に開始し、昭和五六年七月ころ完成したが、その間岩崎は本件譲り受け土地の南側部分に資材運搬のための車両の進入路を設けたりもしている。

6 そして本件譲り受け土地にあった田土は、原告に所有権移転登記がなされた昭和五六年五月ころ本件譲り渡し土地に搬出され、そのころ原告は本件譲り受け土地の引渡を受けた。そしてその後岩崎は同土地において栽培していた野菜を順次収穫し、原告は同土地をそのままの状態で放置し、行田税務署担当官が調査した昭和五七年九月当時は、腰の高さほどの雑草が繁茂し、土質は硬くデコボコ状態のうえ田土が積み上げられて雑種地の状態にあり、農地としての肥培管理がなされていなかったが、本件修正申告後麦の作付をするに至った。

7 ところで法五八条一項の適用を受けるためには、交換取得資産を遅くともその交換の日の属する年分の所得税の確定申告書の提出期限までに、交換譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供することを要するもの(所得税基本通達五八の八)と解されるが、以上の事実からすると、原告は本件譲り受け土地を昭和五六年分の所得税の確定申告書の提出期限まではもとより本件修正申告の時までにも畑としてその利用に供していなかったことは明らかである。

(原告の錯誤の主張について)

8 納税者の申告に錯誤があっても、その錯誤が重大かつ明白であり、更正の請求という法の定める方法以外にその是正を許さなければ、納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、錯誤の主張をすることは許されないと解すべきところ、本件では本件譲り受け土地が本件譲り渡し土地の譲渡直前の用途と同一の用途に供されたか否かは極めて微妙な事実認定上の問題であって、仮に本件修正申告に過誤があるとしても、その錯誤が重大かつ明白とはいえないうえ、原告は更正請求が可能な期間内に錯誤に気付き既に本件修正申告による納税義務を争う意思を固めていたのであるから、原告においてはもとより法定の方法である更正請求によりこれを争うべきであったし、かつこれが可能であったから、これ以外にその是正を許さなくても原告の利益を著しく害するとはいえず、右の特段の事情は存しないから、原告のこの点の請求は失当である。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  原告が行田税務署の担当官から強くしょうようされたか否かはともかく、その主張のとおり昭和五六年分所得税について確定申告及び本件修正申告をしたこと、異議申立書と題する書面による申立及び審査請求をしたこと、そしていずれもこれが却下されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、本件修正申告は錯誤に基づくもので無効である旨主張するところ、修正申告の錯誤無効の主張は、単に申告者が錯誤に基づき申告したというにとどまらず、修正申告書の記載内容についての過誤(客観的事実と申告書上の表示との不一致)が客観的に重大かつ明白であって、国税通則法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さなければ、申告者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されないものと解される。

そこで、本件修正申告において、過誤があったか否かを検討する。

1  原告は、本件譲り受け土地を本件譲り渡し土地の交換直前の用途と同一の用途に供したのであるから、本件交換には法五八条一項の適用があるのに、同項の不適用を前提とする内容の本件修正申告をしてしまった旨主張し、本件修正申告が同項の不適用を前提とする内容のものであることは当事者間に争いがない。

そこで、本件譲り渡し土地の用途、原告が本件譲り受け土地を右と同一の用途に供したか否かが問題となる。

原告が歯科医師であること、本件交換の事実及び原告が本件譲り渡し土地を本件交換以前に畑として貸していたことはいずれも当事者間に争いがないところ、この事実と原本の存在、、成立にいずれも争いのない甲第二号証の一、五、いずれもその成立に争いがない乙第一号証の一、第四号証の一、二、第八、第一〇号証、原告本人尋問の結果及びこれにより昭和五八年春に本件譲り受け土地を撮影した写真と認められる甲第二号証の八の一ないし三、昭和五七年九月当時の本件譲渡土地及び本件譲り受け土地を撮影した写真と認められる乙第三号証の二ないし五、官署作成部分の成立は争いがなく、その余は弁論の全趣旨により成立を認める乙第七号証並びに証人岩崎美登の証言と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、同証人及び原告本人の各供述中これに反する部分はいずれもたやすく信用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  本件譲り渡し土地の本件交換当時の固定資産税の課税地目は畑であり、実際にも本件交換の年まで第三者が有償でこれを借り受け畑として耕作の用に供していたこと、

(二)  岩崎は農業を営むもので、本件譲り受け土地をその父が所有していたものであり、同土地は、かっては陸田で稲が栽培されていたが、国の水田利用再編対策(所謂減反政策)が実施されて以来(これが昭和五三年度から実施されたことは公知の事実である。)休耕地となり、一時期大豆等が栽培されたこともあったが、本件交換直前は、岩崎によりその道路側の一部(面積で約四分の一)に自家用の野菜が栽培されていたほかは大部分は農地としての特段の利用はなされておらず、隣接地より一段低かったこともあって岩崎により他の土地の余土が空地部分に運び入れられ、小山状にいくつかおかれており(もとより本件交換後は別の場所に搬出された。)、また当時同人において南隣りの土地に居宅を建築中であったため本件譲り受け土地の南の一部が資材運搬のための車両の進入路に充てられていたこと、

(三)  本件交換後、本件譲り受け土地は、その一部(約四分の一)が岩崎により本件交換当時栽培中の野菜を収穫するまでの間一時耕作の用に供された(原告は対価を得ずにこれを許していた)ほかは、昭和五七年一一月末に至り原告が斉藤某に作業を頼んで麦の植付けをするまで、原告により農地として特段の利用はなされず、雑草が繁茂するにまかされ、原告にとって、所有していること以外に意味を有していなかったこと、

(四)  原告は、歯科医師としての収入のほか、その所有する農地を人に貸して地代を得、あるいは人に作業を頼んで農業収入を得ており、昭和五六年、昭和五七年当時、原告または原告の家族自らは、土地を耕作していないこと、

以上の事実が認められる。

2  法は、資産の譲渡がなされた場合に、その資産にかかる譲渡益につき、譲渡の年の所得として課税することを原則とするものであるところ(法二二条、三三条)、その特例として法五八条は、取得資産を譲渡資産の用途と同一の用途に供するという行為があった場合に、これを従前の資産をそのまま引き続き所有しているのと何ら変らないものと捉えて、特に所有資産の価値の増加益に対する課税の延期を許したものと解されるから、同条の適用があるというためには、同一の用途に供する積極的行為を要し(したがって、例えば、譲り受けた農地を放置した場合において、しばらくの間その土地が農地性を失わなかったとしても、これをもって、耕地の用に供したとはいえない。)、また、取得資産を譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供したか否かは、交換による譲渡時から遅くともその交換の日の属する年分の所得税の確定申告書の提出時期までに同一の用途に供したか、あるいは供するための具体的準備にとりかかっていたか否かによって判断するのが相当と解される。

本件についてこれをみると前記事実によれば、本件譲り渡し土地は交換直前までは畑として賃貸するという用途に供されていたものということができるのであるが、本件譲り受け土地は、原告がこれを本件交換により譲り受けてから、本件交換による譲渡所得につき所得税の確定申告書を提出すべき時期(昭和五七年三月一五日)までの間には、これを右と同一の用途に供していたと認めることはできず、却って、前記事実によれば、原告としては、右時期まで本件譲り受け土地を放置していたものというべきであるから、本件交換には同条項の適用はないものというほかはない。

そうだとすると、原告がした本件修正申告の記載内容には、過誤がないから、原告は錯誤主張を許されず、それ故本件修正申告にかかるさきの分離長期譲渡所得に対応する所得税額二〇二万三、六〇〇円につきその納税義務が存在しないとはいえないから、その確認を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井賢徳 裁判官 原道子 裁判長裁判官高山晨は、転補のため署名捺印することができない。裁判官 松井賢徳)

別表一

原告の昭和五六年分租税債務確定に至る経緯

〈省略〉

別表二

昭和五六年分

〈省略〉

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